Tue
06/10
2008
旧古河邸見学


今更ですがメインイベント古河邸内の見学について☆
学芸員?の方の解説を聞きながら屋敷内を1時間程度で一周します。
まあこれがすんばらしいの。
ホントまた行きたいです。
美術的価値が高いのはもちろんですが、
それ以上になんだかホッとする空間なんですよ。
美術館とか博物館にありがちな、只人を拒絶するような厳粛な空気がない。
感覚的には、お金持ちの親戚の家に遊びに来たとかそういう雰囲気。
もちろん壁にもドアにも触っちゃいけないのですが、
こちらを緊張させるものが無いのがとても気に入りました。
ちなみに学芸員の方の話は、建築時の話と修復作業の話がメインでした。
ざっと古河邸の歴史をまとめると。
1917年にジョサイア・コンドルにより設計。
当時は古河財閥3代目当主の虎之助夫妻と養子の3人家族が住んでいたのですが、
家族3人なのに使用人は60人いたとか!
1923年の関東大震災ではほとんど被害を受けなかったため、
その後1年ほど近隣の人の救護施設として使用されたそうです。
1926年に古河夫妻はお引越しされ、この洋館は迎賓館として使われたとか。
……こんな立派な屋敷建てといて9年しか住まなかったんかい;
太平洋戦争後は進駐軍に接収され、
イギリス軍の階級の高い人の宿舎として利用されました。
進駐軍が宿舎にした施設はどこも乱暴に扱われたそうですが、
古河邸は比較的丁寧に扱われたかなり運のいい施設だったそうです
(住んだのがイギリス軍のしかも階級高い人たちだったから)。
後ほど東京都?日本?に返還されたのですが、
なんとその後30年も完全放置。
近所の人には「お化け屋敷」と呼ばれていたそうです……。
ちなみにこの時の写真が入り口にあったのですが、
確かに吸血鬼でも住んでいそうな雰囲気でした。
1980年代になってようやく修復工事が始まったのですが、
壁はカビだらけ、天井は雨漏り、雨どいは蔦が伸びて詰まっているという散々な状態。
それでも、当時の資料やカビまみれの壁紙や倉庫に残っていたスペア部品等を元に、
できるだけ建築当初の姿を復元しようとしたそうです。
……この辺の苦労話は結構感動物。
まあ職人だったらそれくらいするんでしょうけれど。
やっぱり職人さん好きだ、私。
そうそう、窓ガラスの一部は大正時代のガラスがそのまま使われていました。
……という感じ。
美しい施設の割りに、結構苦労しています。この家。
中はというと、
洋館なのに和室がある、という珍しいつくりらしいです
(当時は迎賓館用に洋館を建て、その近くに住まい用の日本式の屋敷を建てるのが普通だったとかなんとか)。
しかも、和室が中にあることを悟られないように作られています。
でも和洋折衷というわけではなく、
洋の中に和があるという形です。
きちんとこの窓の奥に障子があるんですよ。
和は和、洋は洋できちんと住み分けていました。
また、ジョサイア・コンドルが洋館や洋室部分にこだわっていたようなのですが、
細かいところで日本の気候や日本人への気配りを忘れずに設計してあるという結構素敵なつくりになっています。
それに全ての部屋の天井等で職人さんたちの技が光っています。
これは実際に見ないと伝わらないと思いますが、
とにかく彫り師さんたちGJ!!です。
現在ではこれだけのことができる職人は少ないそうです……かなしい……
バラフェスティバルの時期は洋館の見学希望者が多くて抽選になったりするらしいのですが、
薔薇の時期以外は人が少なくて、
日によっては1組につき学芸員?が1人べったりくっついて解説できるほどだそうです。
なので、ゆったり屋敷見学を希望する人は
薔薇の無い時期に申し込むことをオススメします、とのこと。
……しかし冷暖房が効かないので、
夏は結構暑くて冬は結構寒いそうな。
なんだっけ、暖房効くのに2日かかるんだっけ??
雪降ったら悲惨だな、と思いました……
でも行きたいなあ〜☆
あの洋館の2階から雪の舞う薔薇庭園を見下ろしたい!
喫茶室で紅茶を飲みながら、真っ白になる薔薇庭園を見たい!
最後に屋敷の構造に関して1つ突っ込み。
ウォークインクローゼットが10畳なのに、
子ども部屋が6畳ってwwwwwww
養子とはいえ、服以下の扱いかよ、と思いました(笑)

